D-7 <altijd in beweging>

Day to day life of a Perl/Go/C/C++/whatever hacker. May include anything from tech, food, and family.

タグ:yapc

今年のYAPC::Asia Tokyo 2014は海外ゲストの方々と色々話す機会があったのでかなりの時間彼らと話していた。

特にスピーカーの方々とは「日本人に受けるためにはどういうアプローチがいいんだ」という相談をYAPC期間中に(今更!)聞かれて
  • 日本人は証拠として数値の提示を求める傾向があるから、数値をもっと盛り込め」とか
  • おまえらの会社日本だと全然知られてないんだからまずそこから変えろ」とか
等々の助言をして大分彼らのトークの内容を微調整する業務があった。特にDBICのトークは(見てないけど)YAPC::EUでやったものと全く内容が違う、という報告をスピーカー本人にもらった。ははは、通訳の人たちに迷惑かけたかなーw

ともあれ、その流れで海外のYAPCの話。今回話した人たち全員から
  • なんでYAPC::Asiaはこんなに人が集まるんだ?
  • どうしたら俺たちのYAPC(EUにしろNAにしろ)をここまで大盛況にできると思う?
という相談をされて、ずーーーーっとコンサルばりの演説をぶちかましてました。

英語のブログでこの辺りをもっと書いてくれと言われてるんだけど、とりあえず部外者の俺が偉そうな顔で他のイベントの事に関して偉そうな事を書くと一瞬で炎上しそうなので、まず自分の考えをまとめるためにも自分のこの日本語ブログで書き出してみたい。

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というわけで、Day 3は途中でつぶれてしまい、クロージングまでいることができなかった。

Day 3はストリーミングや動画を見つつ、時間を調節して日本時間に合わせるに寝て、夜中は体力温存しつつ起きているという作戦に。ちなみにYAPCから帰ってきた時に風邪用にとチキンスープの缶とか買って食べたんだけど、やぁ・・・懐かしいなぁ・・・前よりだいぶうまくなった気がするけど・・・まずいなぁ・・・。まぁともあれ。

色々調節したおかげで次の日はだいぶ体調が戻ってたので、午前7時にチェックアウト。空港へ。前回YAPCに来た時にものすごい勢いでドルを余らせてしまって、今のレートじゃ全然円に戻せないのでホテルもレンタカーも全部現金で払ってきた。アメリカでは普通はカードだから担当の人が色々困ってたけど、おかげでだいぶ安く処理できたな。

空港ではLarryに声をかけられる。同じような時間に出発ということで。9月に会おう!と言って別れてきた。

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マディソン→シカゴ便は最終的に40分ほど遅延。44分しかなかった元のシカゴ→成田便には当然間に合わず、便は変えてもらった。おかげで少し時間ができたのでちょっとだけ贅沢して空港でビール。うまし。

行きと違って帰りは残念ながら普通のエコノミー。まぁいいんだけど、やっぱり一回ビジネスに乗るとエコノミーがつらい・・・いいんだけど!あとANAを知っているとUnitedは飯がまずい。いいんだけど!

結局シカゴ→成田便も少し遅れ、全体としては3時間ほど遅れて成田着。あともう少し遅れてたらリムジンバスがなくなるところであった。

時差ぼけで寝られないと困るので家に帰ってシャワーを浴びて、ビールを飲んでぐーすか寝た。
 
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Day 3

のどの痛みは治まってきたが、鼻水ずるずるしはじめた。

朝はまずPDLのトーク。行計算をPerlで高速で行う話。目の前で銀河?っぽい絵を描画するための計算をしつつ話すというのはなかなか説得力があってよかった。

その次はどこに行こうか迷ったけど、miyagawaさんのトーク。YAPC::NAというコミュニティに対してはだいぶいい感じだったなー。日本だとどうだろうね。結構みんなすでに複数言語を扱っている人が多そう。

ネット上では親交のあるSteffen Muller氏のトーク。Booking.comでperl 5.8.8からperl.5.14.2にアップグレードしたときの話。

・・・てところで力尽きた。だるい。車を運転してるし、次の日また十何時間も飛行機に乗ると言うことを鑑みてホテルへ戻った。

あとはストリーミングとかで視聴。

動画は非公式版がいくつかあがってる。前日にLTで俺が「動画は1週間以内にだせよ!」って言ったからだろうか。公式のが待たれる。

上記非公式版の動画の中からいくつか気になったトーク:


というわけで最後にとうとう力尽きてしまったけど、濃い三日間でした。ハイライトはやっぱりトークそのものじゃなくて廊下での会話とか、パーティーの時に色んな人と話してた時ですかねぇ。YAPC::Asiaとかでももっとこういうことが起こってほしいなぁ。日本人はシャイだシャイだって言うけど、やっぱりこういうイベントではある程度ガツガツ行っていいと思うし、いくべきだと思うな。


さて、次はYAPC::Asiaですね。皆さんトーク応募した?まってますよ!
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Day 2.

時差ぼけでうまく寝れず。午前2時くらいからずっと起きてた。

そういえば今更気づいたんだけど、YAPC::NAのセッション開始は9時スタートなんだな。日本だったら誰もこなさそう。

Introduction to the Perl Data LanguagePDL (Perl Data Language)というのについて聞きに行く。N次元配列を使った計算をPerl上から高速に行うということで、デモではライブで銀河?っぽいものの描画とかを色々やってた。

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Perl 5: Today, Tomorrow, and Christmas では去年YAPC::Asia にも来てもらったRicardo Signesがこれまでの話とPerl 5の次のリリースの話を。MOPは今後コアに「入れたい」けど、5.18に入れるのは現時点で未定くさい。

Noirin Plunkettという方のトークには行きたかったんだけど昨日も今日も予定が合わず。Apache Foundationの人で、オープンソース製品のコミュニティ運営等についての話だったはず。動画がリリースされたら是非見たい。

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お昼時にCrayの人から声をかけられて情報交換的な。日本製モジュールとかを比較的よく追ってる人で、自分やtokuhirom, gfxなんかは普通に知ってる人だった。YAPCも初めてだし普段表にでて自分のソフトウェアを発表とかはしない人だったんだけど、こういうところから少しずつ日本の人やソフトウェアが認知されているところに出くわすと嬉しいですね。話しながら自分の去年のCPAN Gems From The Far Eastのスライドを引っ張り出してきて見せたり。

Large-scale deployments with Pogo at Yahoo! 興味深かったけど、現在オープンソースでリリースされてるバージョンはまだちゃんと動かないようなことを言っていたのでこれに関しては保留。

で、自分はSTFのトーク。さすがに3回目くらいなんでもう慣れたもんです。すごく細かいところにも質問が来たし、たくさん答えた。自分のところでも使えるかも、という人がたくさん来たのも嬉しいサプライズだったな。アドバイスももらった。あとやっぱりというか、「一般」のレベルだとreproxyとかそういうのって常識じゃないんだよなー、とか。Linodeの人とか、会社名聞き忘れたけどホスティング系のことをやってる会社の人とかに色々聞かれましたわ。

この次の枠は時差ぼけでとうとう撃沈。会場の椅子で寝た。

前夜もあったんだけどミニコントみたいなのがあって、前夜はvim vs emacs、この比はmysql vs postgresqlだった。動画があがるかもしれんので細かいことはかかんけど、まぁはいはい(笑)って感じw

LTではYAPC::Asia Tokyo 2012の宣伝をしてきた。他のLTではCHIのトークのはずなのにSDLでユニコーンを画面に描写するとか言うほうが明らかに目立っていた人とか面白かったなぁ。あとやっぱりネタに走らなくてもいい、というのはそれはそれで微笑ましいLTもあっていいなぁと思った。YAPC::Asiaではハードルが高すぎる。

以上で本日は終了。みんなで(ひどいB級)映画を見る会とかボードゲームをする会とかもあったんだけど、全部ブッチして途中スーパーマーケットに寄ってサラダとフルーツ盛り合わせを買ってホテルへ。飯を食って途中途中起きながらもそれなりに寝た。

おまけ。なぜか会場にウサギの赤ちゃんがぞろぞろといた。写真で1羽しかいないけど、実際には5,6羽いた
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Day 1.

朝一で会場に移動。駐車場に困る。

まずはチェックイン。YAPC::Asiaと違って「やぁ僕の名前は○○だよ!」と言って、その名前の書いてある名札を探す、ってのだけがチェックインの内容。おおらかでいいなー。Tシャツとノベルティの類いはセルフサービスで取っていく。これは日本の会場のように狭いとできん芸当だ。

会場に入って早速 Dave Rolskysartakに遭遇。sartakは今年YAPC::Asiaにはこられないんだってさ!残念ですね・・・

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今回の運営側の首謀者であるJT Smithから挨拶。TPFの会長のKaren Pauleyからも軽く挨拶。で、キーノートは数年前に日本にも来てたMichael G Schwern。会場に女性がほとんどいないという切り口から始まり、Perlのイベントやコアの開発者達にもっと色んな出身・タイプ・専門の人達を入れていくべきというとてもいい話。ただ、スタートレック好きじゃないと全然ネタがわからないと思うので日本人が聞いてすっとわかるかどうか怪しいな。

Karenの話や昨日も話したBrenoの話、Redis::Clientでジョブキューを実装する話なんかを聞いた。Redisの人に「Q4Mと比較してみてよ」と言っておいた(ジャパニーズ製品をマーケティング)。CHIの話も一部聞けた。

昼ご飯の時間で近くのパブへ。EURO2012を見ながら飛行機トラブルで到着が遅れた世界のmiyagawaCasey WestJay Shirley, Cory Watson 達と話す。

chromaticのWhen Wrong is Betterを聞きながら自分のスライドを書いて、そこから全員が一つのホールに集まって、まずEmacs vs Vimの茶番(笑)。ちなみに最後に勝ったのはどちらでもないです。動画が公開されたら見てください。

で、LT。ネタなLTは日本人のほうがうまいかもしれないねー。でも観客とのやりとりをしながらやるLTはやっぱりYAPC::NAの人達のほうがうまい。

Photo by miyagawa

そのまま Linode主催のBeer Bashからの懇親会。会場のひとつのPyle Centerというビルの屋上で立食形式。ここではクジの販売をしてLinodeの$250分のホスティングを受けられる券とかをあげてた。クジの販売代金はTPFに行く、という仕組み。その後もおもちゃやらなにやら色々なプレゼントをあげてた。

懇親会に移動する時にMateu Hunterに話しかけられて、聞けば去年自分がLTでやったCPAN Gems From The Far Eastを見て日本にはおもしろいハッカーがいるなーみたいなところから日本のハッカー達について教えてよ!とかそういう話に。とりあえずtokuhiromとgfxとStarletは知ってた。会場ではJT SmithにYAPCの運営の話をするBOFをやるらしいと聞いたので読んでよ!と話しておいた。Brenoともう少しブラジルのPerl事情なんかを。Ericという普段は.NETとかで開発をしているという人とも会話。そういえば朝イチのセッションでも初参加の人に手をあげさせてたりしたんだけど、いわゆるPerl初心者がものすごく多いYAPC::NAだなー。これは見習いたい。

Jan Duboisに軽く挨拶して、Ingyとも。軽く。そうだ、あとLInodeの景品をあげてる時に担当者を把握したので早速YAPC::Asiaの話をしにいって売り込んでおいた。東京リージョンの運用が色々とカルチャーショックだと笑いながら話してた。

Randal Schwartzとは以前サンフランシスコで会ったことあるんだけど、それ以来挨拶したところ割と覚えててくれてびっくり。人間の顔と名前が覚えられない自分からすると驚愕。

Booking.comの人とサッカーの話をしてたら世界のmiyagawaがKid Rock(古)ばりのサングラスをつけて合流。しばらくして風が強くなってきたのと、元々調子悪かったので退散・・・と思ったら去り際にビルの下でタバコを吸っていたMatt Troutを見つけたので挨拶して(実は直接話すのは初めて)ごにょごにょと積もる話を。You got to drown the other guy in niceness, you know?という名言を残して彼はビールを探しに屋上に戻った。彼はきっとYAPC::Asiaに読んでもいいトークはしてもらえるとは思うんだけど、言語的な面と文化的な面で日本のオーディエンスにはあまりささらないんじゃないかなぁ・・・残念(もしそんなことないよ!と思ったら教えてね!)

懇親会は去年のYAPC::NAに比べてもすごいよかった。

ホテルに帰って、眠い、寝ようと思ったら3時間くらいで起きてしまった。そしてこれを書いている。いわゆるひとつの時差ぼけです。

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Day 0. ANAのNRT-ORD便でなぜかプラスん万円(格安)でビジネスクラスにアップグレードしてくれるってことでありがたくアップグレード。シカゴまでは楽な旅だった。

午前9時くらいにシカゴについて、12時半の便でMadison, WIへ。1時半くらいに到着。

ホテルについて、2時間くらい昼寝。眠い。

Arrival Dinnerがあるっていうのでサインアップしてなかったけど、Twitter話してたらまだ席が空いているというので今回はちゃんとネットワーキングするぞ!するぞ!するぞ!と気合いを入れてダウンタウンへ。今回はなんだかわからんが地図を全く入手していないので、google mapsで地図を表示して、覚えてから出発。なんとかなったんだけど、ありがちなアメリカな町で道の構造がわかりやすい割には一方通行が多くて難儀した。

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Arrival DinnerはMoe'sというレストランバーで。偶然座った席でSteffen MuellerPaul Fenwick達と初対面。Paulはハッカーとしては知名度が低いけど、OSCONとかでも伝説に残るようなおもしろい話をするのでいつか招待したいなーと思いつつ、そんな話は軽くした(注意:9/19はInternational Talk Like a Pirate DayなのでそこにYAPCがかぶらなければOK) JPAの話とか、YAPC::Asiaこいや!とか色々。

ずいぶん前からtwitterで話しかけられてたgaru_rj (Breno de Oliveira) にも初めて会った。聞けば、去年とか俺がYAPC::NAで話したJPAのこととかもだいぶ参考にして似たような仕組みをブラジルでも作りたいと色々やってるらしい。Breno, vc tem que me mandar uma invitacao pra falar em seu YAPC::Brasil.

と、気がついたら横に座っているのはIngyだった。やー、メールでは話してたけど久しぶりやないか!ちょっと詰めなきゃいけない話があったのでごにょごにょ。

とりあえず体力がつきかけてたのでそのあたりで退散。帰り道は一方通行に悩まされてちょっと時間がかかった
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YAPC::Asia Tokyo 2011の運営側の話は大分参加者側とは違うとは思いますが、一応記録として書いておきますね。あと以下様々な情報は私lestrratからみた一方的な話なのでひょっとしたら間違ってるかもしれませんが、その場合は随時ご指摘をお願い致します。


今年のYAPCの準備

ぶっちゃけ運営側、そして少なくとも僕の視点からは941さんとのタッグがあまりにもキレイに連携できてて、YAPCの準備は恐ろしいくらい負担の少ない感じでした。

最初から去年より責任機能を大幅に委譲しようというコンセンサスも取れてたし(例:懇親会手配、Tシャツ準備、プロジェクター等の備品準備等はDeNA/mixi社からの方達と分担しました)、去年は大幅な黒字を実現させたため多少の冒険をする余裕があったので去年の反省を反映させる色んな手段も打てました。

941さんはフォワードのほうにいて、色んなスポンサーとの話をまとめたり、企画をしてもらいました。僕はそれらを後ろで聞いてソロバンをはじき、そこからどれだけの支出が可能か、損をするならどこで、利益を得るならどこなのかを考え、企画の調整を手伝いつつ、海外ゲストとの調整、システムの開発なんかをしました。まぁどちらかというとアンカー的なポジションでしょうかね。

で、まぁ僕が気づかない部分を彼は察知して「これやらないといけなくね?」とか言ってくれるし、僕は逆に運用をどうしたいかを聞いてシステムを作ったりとかして彼が多分考えたくもない部分をごりごりやっておりました。僕的にはこれが非常に安心できる縦のラインとして機能してて、あとはパンフ・Tシャツ・シール等をハンドルしてくれたデザイナーさんや、前述の懇親会やら備品の調達やらに強いチームメイトの方々にせっせとパスを送るという形がうまく機能したなーと思っています。

今年のYAPC当日

さて、当日。これもまた前述の941さんのうまいボランティア募集の手口で、総勢40名オーバーのボランティアスタッフの方々が入ってくれたので正直肉体的な披露はこの6年の中で最も少ないかもしれません。

チームの体制を941さんがアドリブで決め、これまたうまくパスが回るようにしてくれたおかげで僕はずーっとお金の出し入れと若干イレギュラーなイベント(技評さんのインタビューや、スイーツエリアでの発表、LTの管理等)に集中していることができました。特に搬入・撤収に関しては佐川の引き取りが延々2時間ほど来ないという点以外は記録的に早く、正確に終わりましたね。これは一部スタッフが勝手が分かっている人だったというのと、やっぱりこういうのがうまい人っているんだなぁ、と僕が心の底で感動していたmrmtさんやs_tanakaさんが色々と前もって根回ししてくれてたおかげでしょうね。あ、もちろんノベルティの整理はzigorouさんのおかげです。

受付は実はmilanoさんが王子として君臨されていたのですが、彼もまた勝手が分かっているので特に細かい指示は必要なく、安心していられました。そして前のエントリにも書きましたが、女性スタッフ!気配りが細かい!特に僕はその時コメントしませんでしたが、誰が言い出したのかノベルティの置き方や用意の仕方を先に色々と考えて相談したりして、プロセスをスムーズにできるようにしてましたね。なので僕は受け付け業務に関しては安心してその横でお金をカウントしたりできてたわけです。

ちんちんのついている人達男性ボランティアの方達は今回華やかだった女性陣と比べると目立つ・目立たないでという点では若干割を食ってしまうのですが、裏方仕事では彼らが一番重要で、彼らのおかげで我々老人一歩手前の30代中盤は大分楽をさせていただきました。

搬入・撤収は前述の準備をしていても、実際に荷物を動かす人手がなければみんなで何往復もしなければならず、相当辛いのです。屈強な男どもがのっしのっしとプロジェクター、スクリーン、ノベルティ、机、椅子、ゴミ、その他を運んでくれました。

あとは各ホールでは録画、進行などを皆さんに担当してもらいました。が、僕はもう「問題があれば報告があるだろう」くらいのつもりでいたので大分余裕こいてました。みんなありがとう!おいちゃん嬉しいよ!

というわけで僕個人としては疲れたけど、やばいと思うほどは疲れなかった、という感じかな。しかし喉は痛い。とほほ。


来年について

クロージングで来年の事は分からないよ、って言いました。「来年はできるかどうかわからないですねぇ」って一緒に話してたはずなのに、打ち上げ前に「最後に感動に水をさすような事を言うなんて!」って後から941さんに言われてハシゴをはずされた感満載の僕です。今後もにこやかに付き合うことはできますが、許さない>941。

まぁぶっちゃけやれるかやれないかだったらきっとやれるんだろうけど、僕は来年も同じ体制でやることに関しては非常に不安を抱いています。

YAPCの最後に「偶然」の話をしたけど、これ「そういうこともあるよね」レベルの話じゃなくて、本当にタイミングがただただあった、っていう事だと思うんですよね。30歳前半の僕は自分の会社をやっていたりして時間があり、なおかつ独身でした。やる気も当然あったし。

でも僕は去年会社をたたんで勤め人に戻りました。結婚をしました。いつか子供も欲しいです。そんな風に人間のおかれている状況というのは変わっていきます(さらに言えば、皆さんご存じの通り自分は英語も喋れるので、日本以外の国でまた暮らす可能性だってゼロではありません)。僕自身がやりたいとかやりたくないではなく、「やれない」かもしれないのは当たり前の事ですよね。

で、それは当然941さんだって条件は同じわけで。

YAPC::Asia というものが万難を排してまで続けていくべきかどうかはわかりませんが、しかし今後というものは常に「今」イベントを運営している人ではなくて、次の世代の人達が考えなければこういう公的なイベントは続いていく事は難しいのではないかなぁ。

僕ら現スタッフはまだ僕らがいざというときにフルパワーをコミットできる状態の時にすでに一歩後ろに下がって、次の世代に諸々をバトンタッチしていかなければ新陳代謝は図れないのではないかなと思います。そしてこれは禅譲できる類のものではなくて、次の世代が「俺がやるよ!」って言わないと多分ずるずるとこのままになっていく類のものなんではないかなぁと僕は思っています。

僕は2008年のYAPCの後「これ、(最後に帳尻が合うにせよ)個人の財布でまかなって、手弁当だけでやってるのに任せてたらいつかこのイベントつぶれちゃうよ」と思いました。そしてそれを避けるため(それのためだけではないけど)に私費を投じてJPAという法人を作り、Perlに関する何かを行う時に必要な「お金の流れを作る」という目標を持ってYAPCも財政的に健全になるように考えて上記のような活動をしてきてました。

YAPCのイベントとしての成功は941さんをはじめとする方々の力が大きいんだけど、お金の回り方やイベントが存続できるためのの施策としては

  1. とにかくPerlを使っている会社を巻き込む事(だけど、新製品展示会みたいなつまらないイベントにはしない)
  2. 次のイベントの宣材のため、記録のためにプロのカメラマンを雇うこと
  3. マーケティングのために徹底的にブログを書くことを進める事
というような事をやってきました。まだまだ問題も山積みだけれども、一定の効果は出始めてると思います。それはYAPCが莫大ではないにしろ、次回の開催について夢を見られるくらいの利益をあげられるイベントになってきた事で実感してる。

とりあえず開催にこぎ着けるまでの下地は大分作ったよ。「いや!YAPCはもっと進化できる!俺にやらせろ!」って言いながら僕らの手からYAPCをもぎとっていってくれよ。

クロージング

今回僕の檀上での出番はこれだけ!
まとめ

まぁそんな感じで史上最大のYAPCでした。参加者672人という数はカンファレンスとしてはそれほどではないかもしれませんが、実は海外のYAPCでも多分400人以上の規模はないと思います。その中でもYAPC::Asia はさらに大きくなれました。これも一重に興味を持って頂いた皆さんのおかげです。ありがとうございました。

今後どうなるにせよ、みんなの心に響くカンファレンスの場を提供できることには単純に損得では表すことのできない達成感がありますね。来週になったらフィードバックアンケートとかするかもです。

来てくれた皆さん、喋ってくれたみなさん、手伝ってくれたみなさん、ありがとうございました。

僕のYAPCはあと何個か請求書を処理して、941さんに寿司を食べさせたら終わります。



おまけ

僕の日記で「Yappoはああいうけど・・・」って書いたらポイントを稼ぐために朝から「女性限定で」って言ってお菓子のお土産をもってきた某Yapp○氏


誰も食べる時間がなかったので最後に野郎どもも一緒にガツガツ食べました。ごちそうさまです
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