YAPC::Asia Tokyo 2011の運営側の話は大分参加者側とは違うとは思いますが、一応記録として書いておきますね。あと以下様々な情報は私lestrratからみた一方的な話なのでひょっとしたら間違ってるかもしれませんが、その場合は随時ご指摘をお願い致します。


今年のYAPCの準備

ぶっちゃけ運営側、そして少なくとも僕の視点からは941さんとのタッグがあまりにもキレイに連携できてて、YAPCの準備は恐ろしいくらい負担の少ない感じでした。

最初から去年より責任機能を大幅に委譲しようというコンセンサスも取れてたし(例:懇親会手配、Tシャツ準備、プロジェクター等の備品準備等はDeNA/mixi社からの方達と分担しました)、去年は大幅な黒字を実現させたため多少の冒険をする余裕があったので去年の反省を反映させる色んな手段も打てました。

941さんはフォワードのほうにいて、色んなスポンサーとの話をまとめたり、企画をしてもらいました。僕はそれらを後ろで聞いてソロバンをはじき、そこからどれだけの支出が可能か、損をするならどこで、利益を得るならどこなのかを考え、企画の調整を手伝いつつ、海外ゲストとの調整、システムの開発なんかをしました。まぁどちらかというとアンカー的なポジションでしょうかね。

で、まぁ僕が気づかない部分を彼は察知して「これやらないといけなくね?」とか言ってくれるし、僕は逆に運用をどうしたいかを聞いてシステムを作ったりとかして彼が多分考えたくもない部分をごりごりやっておりました。僕的にはこれが非常に安心できる縦のラインとして機能してて、あとはパンフ・Tシャツ・シール等をハンドルしてくれたデザイナーさんや、前述の懇親会やら備品の調達やらに強いチームメイトの方々にせっせとパスを送るという形がうまく機能したなーと思っています。

今年のYAPC当日

さて、当日。これもまた前述の941さんのうまいボランティア募集の手口で、総勢40名オーバーのボランティアスタッフの方々が入ってくれたので正直肉体的な披露はこの6年の中で最も少ないかもしれません。

チームの体制を941さんがアドリブで決め、これまたうまくパスが回るようにしてくれたおかげで僕はずーっとお金の出し入れと若干イレギュラーなイベント(技評さんのインタビューや、スイーツエリアでの発表、LTの管理等)に集中していることができました。特に搬入・撤収に関しては佐川の引き取りが延々2時間ほど来ないという点以外は記録的に早く、正確に終わりましたね。これは一部スタッフが勝手が分かっている人だったというのと、やっぱりこういうのがうまい人っているんだなぁ、と僕が心の底で感動していたmrmtさんやs_tanakaさんが色々と前もって根回ししてくれてたおかげでしょうね。あ、もちろんノベルティの整理はzigorouさんのおかげです。

受付は実はmilanoさんが王子として君臨されていたのですが、彼もまた勝手が分かっているので特に細かい指示は必要なく、安心していられました。そして前のエントリにも書きましたが、女性スタッフ!気配りが細かい!特に僕はその時コメントしませんでしたが、誰が言い出したのかノベルティの置き方や用意の仕方を先に色々と考えて相談したりして、プロセスをスムーズにできるようにしてましたね。なので僕は受け付け業務に関しては安心してその横でお金をカウントしたりできてたわけです。

ちんちんのついている人達男性ボランティアの方達は今回華やかだった女性陣と比べると目立つ・目立たないでという点では若干割を食ってしまうのですが、裏方仕事では彼らが一番重要で、彼らのおかげで我々老人一歩手前の30代中盤は大分楽をさせていただきました。

搬入・撤収は前述の準備をしていても、実際に荷物を動かす人手がなければみんなで何往復もしなければならず、相当辛いのです。屈強な男どもがのっしのっしとプロジェクター、スクリーン、ノベルティ、机、椅子、ゴミ、その他を運んでくれました。

あとは各ホールでは録画、進行などを皆さんに担当してもらいました。が、僕はもう「問題があれば報告があるだろう」くらいのつもりでいたので大分余裕こいてました。みんなありがとう!おいちゃん嬉しいよ!

というわけで僕個人としては疲れたけど、やばいと思うほどは疲れなかった、という感じかな。しかし喉は痛い。とほほ。


来年について

クロージングで来年の事は分からないよ、って言いました。「来年はできるかどうかわからないですねぇ」って一緒に話してたはずなのに、打ち上げ前に「最後に感動に水をさすような事を言うなんて!」って後から941さんに言われてハシゴをはずされた感満載の僕です。今後もにこやかに付き合うことはできますが、許さない>941。

まぁぶっちゃけやれるかやれないかだったらきっとやれるんだろうけど、僕は来年も同じ体制でやることに関しては非常に不安を抱いています。

YAPCの最後に「偶然」の話をしたけど、これ「そういうこともあるよね」レベルの話じゃなくて、本当にタイミングがただただあった、っていう事だと思うんですよね。30歳前半の僕は自分の会社をやっていたりして時間があり、なおかつ独身でした。やる気も当然あったし。

でも僕は去年会社をたたんで勤め人に戻りました。結婚をしました。いつか子供も欲しいです。そんな風に人間のおかれている状況というのは変わっていきます(さらに言えば、皆さんご存じの通り自分は英語も喋れるので、日本以外の国でまた暮らす可能性だってゼロではありません)。僕自身がやりたいとかやりたくないではなく、「やれない」かもしれないのは当たり前の事ですよね。

で、それは当然941さんだって条件は同じわけで。

YAPC::Asia というものが万難を排してまで続けていくべきかどうかはわかりませんが、しかし今後というものは常に「今」イベントを運営している人ではなくて、次の世代の人達が考えなければこういう公的なイベントは続いていく事は難しいのではないかなぁ。

僕ら現スタッフはまだ僕らがいざというときにフルパワーをコミットできる状態の時にすでに一歩後ろに下がって、次の世代に諸々をバトンタッチしていかなければ新陳代謝は図れないのではないかなと思います。そしてこれは禅譲できる類のものではなくて、次の世代が「俺がやるよ!」って言わないと多分ずるずるとこのままになっていく類のものなんではないかなぁと僕は思っています。

僕は2008年のYAPCの後「これ、(最後に帳尻が合うにせよ)個人の財布でまかなって、手弁当だけでやってるのに任せてたらいつかこのイベントつぶれちゃうよ」と思いました。そしてそれを避けるため(それのためだけではないけど)に私費を投じてJPAという法人を作り、Perlに関する何かを行う時に必要な「お金の流れを作る」という目標を持ってYAPCも財政的に健全になるように考えて上記のような活動をしてきてました。

YAPCのイベントとしての成功は941さんをはじめとする方々の力が大きいんだけど、お金の回り方やイベントが存続できるためのの施策としては

  1. とにかくPerlを使っている会社を巻き込む事(だけど、新製品展示会みたいなつまらないイベントにはしない)
  2. 次のイベントの宣材のため、記録のためにプロのカメラマンを雇うこと
  3. マーケティングのために徹底的にブログを書くことを進める事
というような事をやってきました。まだまだ問題も山積みだけれども、一定の効果は出始めてると思います。それはYAPCが莫大ではないにしろ、次回の開催について夢を見られるくらいの利益をあげられるイベントになってきた事で実感してる。

とりあえず開催にこぎ着けるまでの下地は大分作ったよ。「いや!YAPCはもっと進化できる!俺にやらせろ!」って言いながら僕らの手からYAPCをもぎとっていってくれよ。

クロージング

今回僕の檀上での出番はこれだけ!
まとめ

まぁそんな感じで史上最大のYAPCでした。参加者672人という数はカンファレンスとしてはそれほどではないかもしれませんが、実は海外のYAPCでも多分400人以上の規模はないと思います。その中でもYAPC::Asia はさらに大きくなれました。これも一重に興味を持って頂いた皆さんのおかげです。ありがとうございました。

今後どうなるにせよ、みんなの心に響くカンファレンスの場を提供できることには単純に損得では表すことのできない達成感がありますね。来週になったらフィードバックアンケートとかするかもです。

来てくれた皆さん、喋ってくれたみなさん、手伝ってくれたみなさん、ありがとうございました。

僕のYAPCはあと何個か請求書を処理して、941さんに寿司を食べさせたら終わります。



おまけ

僕の日記で「Yappoはああいうけど・・・」って書いたらポイントを稼ぐために朝から「女性限定で」って言ってお菓子のお土産をもってきた某Yapp○氏


誰も食べる時間がなかったので最後に野郎どもも一緒にガツガツ食べました。ごちそうさまです